フランス人絵本作家、アラン・グレさんと私の出会い 第5章

ALAIN GREE RICOBEL

 

 

  

昨日の第4章の続きです。

 

私が一緒にお仕事をさせて頂いているフランス人絵本作家、アラン・グレ さんと出会ったきっかけや、『イラストの全世界での独占権』を任せて頂けるまでになったのか、その経緯を綴っています。

 

今回が最終章となります。

 

 

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前回の記事でも書きましたが、この時点では「イラストの使用権」はオープンな状況で、グレさんの許可さえあれば、誰でもイラストを使った商品展開や出版が出来る状態にありました。

 

2004年にカレンダーをグレさんと一緒に制作した後、「彼の愛らしいイラストを今以上にたくさんの人たちに広めたい」「そのために何が出来るかな?」とアイディア探しをしながら、出来上がったカレンダーの販売や、グレさんの紹介のブログを書いたり、昔の絵本を引き続き販売したりする日が続いていました。

 

そんな2005年のある日。

 

「アラングレさんのイラストを使った絵本を日本で出版したいのですが、窓口はこちらですか?」と、リコベル宛てにお問合せのメールが届きました。
確かにグレさんとの繋がりはこの時に出来ていましたので、「窓口」になることは可能でした。

 

ただ、「使用権」はオープンな状態でしたから、私が窓口になる必要はありませんでした。

 

お問い合わせを下さった出版社さんが、この時までにグレさんを既に訪問していた他の日本人の方達同様、グレさんの住所を見つけてコンタクトを取ったら、彼らは直接グレさんと契約出来る状態だったのです。

 

この出版社さんからのメールが、私の直感に働きかけました。

 

「今すぐに独占権を抑えるべきだ!」と。

 

出版社さんからのお問合せのメールがなかったら、私の頭の中に「独占契約をする」というアイディアは浮かばなかったかも知れません。

 

イラストを使用したグッズ展開は考えていましたが、その都度契約をしたら良いかな?という感覚でしたから。

 

あの時の「お問合せメール」のお陰で、私は「独占権を確保する」というところにピーン!と気付くことが出来ました。

 

メールを下さった当時の担当の方には今でも本当に感謝しています。

 

この後すぐに、グレさんに話を伝えました。

 

日本の出版社さんがグレさんのイラストを使って、再度絵本を出版したいと話していること。

 

そして、グレさんの素晴らしいイラストを再び全世界の人たちに広めるためにも、リコベルで独占権を保有したい!と。

 

グレさんからのお返事は・・・

 

快く「OK」を頂きました!

 

私が一番最初にグレさんにコンタクトを取った人物だった、という点も高く評価されていて、「一番最初に昔のイラストのことに再度気付かせてくれたのはノリコだった。だからノリコと一緒に仕事がしたい」とおっしゃって頂きました。本当にラッキーでした。

 

こうして、2006年、アラングレさんのイラストに関する全世界の独占契約を締結。

 

同じ年、お問合せして下さった出版社さんから絵本の出版も決まり、2006年と2007年に合計4タイトルを出して頂きました。

 

 

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また、2006年はPLAZA(旧ソニープラザ)さんとの契約が決まった年でもあります(2012年まで)。

 

PLAZAさんにオファーをしよう、と思ったきっかけもひょんなことからでした。

また次回のブログでお伝えします。

 

下の写真は2014年のものです。

 

 

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アラングレさん、奥様のモニークさんと。グレさんと奥様は本当に仲が良く素晴らしいご夫婦です♪

 

 

 

 

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